スラブ放浪記 「ポイントがたまるよ」 長距離列車の味わい
文・写真 丸山美和(ルポライター、クラクフ在住。ポーランド国立ヤギェロン大学講師)

チェコとドイツのベルリンを結ぶ食堂車で、冷えたビールと熱々のトマトスープを楽しむ
先日、帰国のためにハンガリーのブダペストから成田空港行きの飛行機に乗った。ポーランドのクラクフからブダペストへは夜行列車。日本の夜行列車で定期運行しているのは東京駅と高松駅を結ぶ「サンライズ瀬戸」と、東京駅と出雲市駅を結ぶ「サンライズ出雲」の2本のみ。寂しいことだ。しかし欧州では、今も多くの夜行列車が運行している。
今回はポーランド国鉄の販売サイトで、「クシェット」と呼ばれる簡易寝台車両のチケットを約1万5000円で購入。乗車時間は約9時間半だ。夜10時、大きなトランクを引きずりクラクフ駅へ向かった。
寝台車の前で車掌がチケットをチェックし、席を案内してくれた。部屋に入ると簡素だがシーツが敷かれた寝台に、鏡と洗面台があった。さらにミネラルウォーターとオレンジジュースのペットボトル、そして洗顔用のタオルと石鹸も置かれていた。
部屋には筆者のほか誰もいない。欧州の列車は日本のように音楽やベルが鳴ることもなく、ゆっくりと動きだした。市街地を離れると民家の灯りがポツポツと見えるだけ。乗客は就寝の準備をしているのか車両は静か。筆者もすぐ眠りにつき、朝までぐっすり寝た。
日本でも、昔は長距離を走る特急列車などに食堂車があった。しかし現在は、豪華な観光列車などでしかお目にかかることはできない。
ここ欧州で食堂車は健在。メニューは列車を運行する国のお国柄が見えて楽しい。例えばハンガリー国鉄では郷土料理の「グヤーシュ」(肉とパプリカの煮込み料理)、ポーランド国鉄では国民食の「ピエロギ」(皮の厚い餃子)が登場する。
ポーランド国鉄は変わっている。食堂車内でビールやワインは飲酒できるが、客車の座席では禁止のうえ、駅構内のコンビニでもアルコール類は一切販売していない。構内のレストランにも、アルコールは置いていない。
食堂車以外の飲酒は、なぜ徹底して禁止されているのか。食堂車のスタッフに聞いてみた。「ポーランド人は普段から、仲間とお酒を飲んで歌ったり踊ったりします。車内で宴会が始まると大変。飲食物が床にこぼれたり飲み物の瓶が割れることも。大声で騒ぐので、迷惑に思う乗客だっています。だから禁止しているんです」。
ある時、チェコ国鉄が運行する国際列車で、チェコのプラハからブダペストへ向かったことがある。
早朝に発車。食堂車へ直行し、朝からおいしいチェコビールとサンドイッチに舌鼓を打ち、食後にコーヒーとケーキを優雅に味わった。時計を見るとブダペストに着くまであと5時間もある。座席に戻ってひと眠りしようと思い会計を頼んだ。
ところがちょうど、スロバキア国境に近い通信環境の悪い場所を通過中で、カード決済ができない。すると食堂車のスタッフが笑顔で「きょうは私たちがごちそうします」と言ってくれた。ありがたかった。
こんなこともあった。やはりプラハから乗車した列車で、行先はポーランド。筆者はこの日も、チェコビールをごくごくと飲んでいた。
すると車掌がやってきて、チェコビールのおいしさについて雑談に花が咲いた。車掌はおもむろに自分の財布を取り出すと、スーパーの会員カードを筆者に渡し「ポイントがたまるよ」と言って去っていった。
スーパーの名前は、筆者がプラハ滞在中に毎日通いビールを買った店と同じ。もしかしたら車掌は、スーパーで筆者の姿を見たのかもしれない。
いつでも元気 2026.1 No.410
- 記事関連ワード
- スラブ放浪記
