つながって復興へ 能登半島地震から2年
文・新井健治(編集部) 写真・五味明憲

笑顔で体操する鰀目町の健康教室参加者
2024年元日に起きた能登半島地震から2年。
被災地では復興に向け、民医連と友の会の活動が続いています。

能登半島の中央、七尾湾に浮かぶ能登島(七尾市)。島の東端にある鰀目町で健康教室が開かれ15人が集まった。歌を歌いながらグー、チョキ、パー。「指先は第2の脳」と指導するのは石川勤労者医療協会職員の水上幸夫さん。4月から毎月1回、被災者の健康づくりと交流を目的に始めた。
地震で自宅が全壊した大山蘭子さん(87歳)は、左足を柱に挟まれ近所の人に引っ張り出されて助かった。自宅は解体して小さな家を建てたばかり。「ここに来ると楽しい」と言う。
鰀目町の鰀目漁港は富山湾に面し、豊富な魚介類を提供する民宿も多い。加地静子さんが経営する「えのめ荘」は、9月からようやく営業を再開。「まだ、建物は修理中で食事は提供できない。再び災害が襲って来ないか心配です」と話す。
健康教室には定置網漁の漁師も参加。「この時期(取材した10月)はアジやタイ、サバがとれる」と話すのは角屋宏明さんと木村純也さん。港の改修工事は終わったが、道路や水道はまだ復旧していない。「自宅からパイプをつないで下水を流している。島端なので、いつ復旧するのかわからない」と言う。
住まいは“人権”
島で唯一の仮設住宅「向田町第1団地」の集会所でも健康教室を開催。脳トレ体操を楽しんだ柳光行さん(88歳)は地域で最初に自宅を解体したが、地震の影響で地盤を改良しないと新しい家を建てられない。「年金暮らしのうえ跡継ぎもいない。お金がないので、自宅の再建は無理」と話す。
「壊れた自宅をどうするのか、ストレスで頭の中がパンク寸前になりました」と話すのは前能冨さん(76歳)。災害公営住宅の入居を考えている。
被災した民家の公費解体はほぼ終了したものの、自宅の再建は進まず更地が目立つ。県全体でいまだ1万5000人以上が仮設住宅などで暮らし、生まれ育った地域に戻ることができていない。
震災から2年がたつが、能登島には災害公営住宅がなく、他の地域でも建設予定地のめどが立たない自治体もある。水上さんは「住まいは人権の問題。住み慣れた土地を離れたくない住民は多く、住まいを確保しないと文化やコミュニティーを維持できない」と指摘する。
被災地に9条の碑
10月5日、石川県で6番目、全国で66番目となる9条の碑が「健康友の会交流ひろば みのり」(金沢市)の前に建った。高さ190㎝、幅60㎝で除幕式には地域住民が30人以上集まった。
造ったのは元民医連職員の安念隆博さん。安念さんは城北病院(金沢市)にある9条の碑も制作。「9条を守り平和国家の道を歩むのか、軍拡を続けて再び戦争の危機を招くのか、私たちは時代の分かれ道に立っている」と言う。
碑の特徴は上部に平和の鐘がついていること。周囲には学校が多く、児童や生徒の通学路になっている。「これからを生きる子どもたちに興味を持ってもらいたい」と安念さん。除幕式の翌日にはさっそく、散歩で通りかかった保育園の園児が鐘を鳴らした。
碑の建立に向け、70人以上の住民から賛同署名を集めた木村吉伸さん(石川県健康友の会連合会役員)は「政府は今年度中に防衛費をGDP比2%の11兆円に増額する方針。被災地から平和を守る意志表示をしたい」と話す。
みのりでは友の会が主催し、輪島市や珠洲市など奥能登から金沢市に避難してきた被災者の交流会も開く。「同じ地域とわかると、安心して話せるようです。仮設住宅の入居期限は最長で3年しかなく、不安を感じている被災者も多い」と木村さんは言う。
健康チャレンジで協働
石川県健康友の会連合会は、コープいしかわ、金沢医療生協と共同で「いしかわまるごと健康チャレンジ」を実施。9~11月の3カ月の間で30日間、県民が体操や歯磨き、早寝早起きなどさまざまな健康づくりに挑戦し、参加賞や達成賞がもらえる。
今回初めて、地震の被害が大きかった奥能登の4自治体(輪島市、珠洲市、能登町、穴水町)が、地元の小中学生全員に健康チャレンジのチラシを配布。珠洲市と能登町では全ての仮設住宅にも配るなど、自治体との協働も進んでいる。
被災地の復興は遅れ生活の先行きが見えないなか、石川県では国民健康保険と後期高齢者医療制度で、被災者の医療費窓口負担と介護サービス利用料の免除措置が6月で打ち切られた。石川県保険医協会の調査では、免除打ち切りで7割に受診抑制など影響があった。石川民医連と友の会は署名を集め免除再開を求めている。
水上さんは「これからも被災者とつながり続けたい。いのちと健康、住まい、生活の要求を一緒に考え、ともに復旧・復興を進めていきます」と話す。
いつでも元気 2026.1 No.410
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