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いつでも元気

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旅するわらべうた 第2回 お花見、けしからん!?

文・写真 片岡伸行

歌詞が改変されたさくらさくらを載せた文部省発行『うたのほん(下)』(1941年)の表紙=国立国会図書館蔵今でも小学校ではこの改変版を4年生が歌っている

歌詞が改変されたさくらさくらを載せた文部省発行『うたのほん(下)』(1941年)の表紙=国立国会図書館蔵今でも小学校ではこの改変版を4年生が歌っている

桜は日本を象徴する
「国花」のイメージをもつ花。
日本的な情趣を醸す歌曲さくらさくらも
多くの人に親しまれています。
しかしある時期、その歌詞とメロディが
国の思惑により改変されました。

さくらさくら (作者不詳)
〈改変前〉
さくらさくら
やよいの空は
見わたす限り
かすみか雲か
匂いぞ出ずる
いざや いざや
見にゆかん

〈改変後〉
さくらさくら
野山も里も
見わたす限り
かすみか雲か
朝日ににおう
さくらさくら
花ざかり

 花見は8世紀に奈良時代の貴族が楽しんでいたといわれます。しかし、その花は桜ではなく「梅」でした。平安時代頃から徐々に「桜」に代わってきたようですが、庶民が桜の花見を楽しむようになったのは江戸時代中頃からです。
 18世紀前半の第8代将軍・徳川吉宗(在職1716〜45年)が隅田川や飛鳥山などに数千株の桜を植樹し、花見観光の名所としました。以降、庶民のレジャーといえば桜や菖蒲などの花見であったのでしょう。

ヨナ抜き音階

 さて、19世紀後半に流入した西洋の音階はド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シの「七音音階」。中国・朝鮮から伝わった日本の伝統音楽は2つ少ない「五音音階」が基本です。西洋の七音音階は明治時代の学校で当初、「ひぃ・ふぅ・みぃ・よぉ・いつ・むぅ・なな」と教えられました。
 五音音階は、4つ目の「よぉ=ファ」と、7つ目の「なな=シ」の音がないので、「ヨナ抜き音階」と呼ばれます。ヨナ抜き長音階なら「ド・レ・ミ・ソ・ラ」、短音階では「ミ・ファ・ラ・シ・ド」の5音です。
 その「ヨナ抜き短音階」で歌われるのが日本を代表する歌曲さくらさくら。ギターやピアノなどで弾いてみると分かりますが、メロディは「ミ・ファ・ラ・シ・ド」の5音しか使われていません。
 作詞・作曲者ともに不詳で「日本古謡」と称されたりしますが、それほど古いものではありません。箏曲の手ほどき曲として江戸時代に作られ、文部省が1888年(明治21年)に発行した『箏曲集』に「櫻」と題して掲載されました。
 ところがその後、1941年(昭和16年)に国が歌詞とメロディの一部を改変、国民学校2年生用の「唱歌」とします。今につながる改変版さくらさくらの始まりです。歌詞の改変内容について、細かく見ていきましょう。
 改変前の歌詞にある「やよい」「出ずる」「いざや」などの古語が「児童には難解」というのが改変の表向きの理由のようです。が、本当にそうでしょうか。

改変の背景に戦争

 3月を弥生というのは今でも多くの人が知っており、「出ずる」が「出る」という意味をもつことは漢字を読めれば分かります。「いざや」にしても仰げば尊しで「いざさらば」と歌われており、「さあ」という意味であることは児童であっても理解し難いはずがありません。
 元の歌詞と改変後の歌詞を比べると、最後の2行の違いが鮮明です。改変前は〈いざや いざや 見にゆかん〉と、お花見に誘う躍動的な言葉で結ばれますが、改変された歌詞は〈さくら さくら 花ざかり〉と素っ気ない風景描写で終わります。これは何を意味しているのでしょうか。 
 実は改変された1941年は、それまでの中国侵略に加えて太平洋戦争が開戦した年。非常時に花見に興じるなどけしからん…そんな国の思惑が透けて見えます。 
 この唄に限らず、文部省唱歌は国民統制の道具に使われました。改変したのは当時の唱歌編纂掛でしょう。庶民のささやかな楽しみを奪うような、実にけしからん所業です。現在の小学4年生も改変版を歌わされていますが、このわずか2行の歌詞改変の中に、昭和の戦争の時代が映り込んでいるのです。 (つづく)  


かたおか・のぶゆき 
ジャーナリスト、作家。著書に本誌で連載した『神々のルーツ—「祈りの場」から見た古代日本』、近著に『神々のクロニクル—神社と天皇の内実』(いずれも新日本出版社)がある

いつでも元気 2026.2 No.411