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いつでも元気

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まちのチカラ 島根県奥出雲町 鉄とともに発展したものづくりのまち

文・写真 橋爪明日香(フォトライター)

たたら製鉄の歴史と特徴を紹介する「奥出雲たたらと刀剣館」。実物大のたたら炉断面模型は必見

たたら製鉄の歴史と特徴を紹介する「奥出雲たたらと刀剣館」。実物大のたたら炉断面模型は必見

島根県東部に位置する奥出雲町。
千年の時を超えて受け継がれるたたら製鉄、
手づくりのそろばんや駅舎に店を構える蕎麦屋、
大地が刻んだ奇岩の渓谷が魅力です。
ものづくりの精神が今も静かに息づく
島根県奥出雲町を訪ねました。

  出雲縁結び空港から車で約45分、出雲大社からは約70分、中国山地の奥深くに位置する奥出雲町にたどり着きました。広がる棚田や赤い屋根瓦の家々。日本の原風景そのままのこの地は、「たたら」と呼ばれる日本古来の製鉄法を極めた里として知られています。

たたら製鉄が育む文化

 たたら製鉄は砂鉄と木炭を原料として、粘土製の炉の中で燃焼させることによって鉄を生産する製鉄法です。奥出雲町の里山は、砂鉄を採取するために設けた水路やため池を農業用に転用し、水の利用管理の慣習を継承。製鉄の運搬に使った和牛の畜産が発展したほか、牛糞を肥料とし、稲作の生産性も高めました。この「たたら製鉄を再適用した奥出雲地域の持続可能な水管理及び農畜産システム」が2025年8月に世界農業遺産に認定されました。
 たたら製鉄を語る上で欠かせないのが、経営者の鉄師です。そのひとつ、絲原家を訪ねました。江戸時代から近代にかけて奥出雲の製鉄を牽引してきた名家で、現在も絲原記念館として邸宅と庭園が公開されています。手入れの行き届いた日本庭園を歩くと、鉄づくりが単なる産業ではなく、地域全体の暮らしと結びついていたことが伝わってきます。
 鉄とともに生き、自然と折り合いをつけながら築かれてきた奥出雲の暮らしは今も静かに、この里に息づいていました。

雲州そろばん 職人の手仕事

 奥出雲町は、兵庫県小野市と並ぶそろばんの二大生産地です。たたら製鉄が盛んだったことから全国から商人が集まり、正確な計算に欠かせないそろばんの需要が高かったことが、雲州そろばんと呼ばれる産地形成を後押ししました。
 雲州そろばんの名工・内田文雄さんに会いにそろばんと工芸の館を訪ねました。広い工房の中で、職人たちは言葉少なに、それぞれの持ち場でそろばん作りに向き合っています。
 内田さんがこの世界に入ったのは15歳のとき。以来半世紀以上、そろばん一筋の道を歩んできました。41歳で伝統工芸士に認定され、後に「現代の名工」に選出。長年の技術と功績が認められ、叙勲も受けています。「手を抜かず、隅から隅まで、使う人のことを考えて作るように」と、若い職人たちに伝えています。内田さんの作るそろばんは珠の動きに一切の狂いがなく、長く使っても精度が落ちません。
 雲州そろばんは180を超える工程を経て完成。その多くはいまも手作業で行われ、感覚の鋭さが求められます。そろばんの生命線は素早く正確に計算できること、つまり「珠の動き」にあります。竹と珠のわずかなバランスを、内田さんは指先の感覚だけを頼りに見極めています。

『砂の器』と割子そば

 JR木次線・亀嵩駅の駅舎に店を構える扇屋そばを訪ねました。駅長であり店主でもある杠哲也さんが、父の代からこの店を受け継ぎ、創業53年になります。
 亀嵩は松本清張の小説『砂の器』の舞台として有名です。物語の中には亀嵩駅も登場し、今も多くのファンがこの地を訪れます。駅の待合室ではドラマの映像が流れ、店内の壁には撮影当時の写真や俳優たちのサイン色紙が所狭しと並び、作品の記憶を懐かしく伝えています。
 注文したのは出雲地方の郷土料理割子そば。三段の丸い器に盛られたそばは、皮ごと挽いたそば粉を使うため色が濃く香り高いのが特徴です。JR木次線の車内でも味わえるよう「弁当そば」も販売しており、注文が入ると店主自らホームまで届けるという、ローカル線ならではの風景も健在です。のんびりとした旅情に包まれて、そばの味がより一層おいしく感じられました。

名勝  鬼の舌震

 旅の締めくくりに訪れたのは、奥出雲町を代表する景勝地鬼の舌震です。斐伊川の支流が長い年月をかけて削り出した渓谷で、巨大な岩が舌のようにうねり、特異な景観を作り出しています。
 2013年には高さ45m、長さ160mの「舌震の〝恋〟吊橋」とバリアフリー遊歩道が開通。車いすでもダイナミックな侵食地形の中を通行可能です。遊歩道を進むと、足元に広がる岩肌と川の流れの迫力に思わず息をのみました。
 出雲国風土記によれば、ワニ(古代はサメのことをワニと言っていた)が玉日女命に恋をして、日本海から斐伊川を泳いで会いに来たものの、ワニは嫌われ川を巨岩でせき止められてしまいます。それでもますますお姫様を慕うワニ。〝ワニノ慕ぶる〟が転じ、オニノシタブルイになったと言われています。
 鉄を生み、手仕事を育て、自然とともに生きてきた奥出雲町。千年の時を超えて、確かに受け継がれてきた文化と暮らしがあります。

■次回は香川県土庄町です。

まちのデータ

人口 
1万785人(2025年11月末現在)
おすすめの特産品
仁多米、奥出雲そば、奥出雲和牛、椎茸、舞茸、雲州そろばん
アクセス
出雲縁結び空港から車で約45分。岡山駅から特急で宍道駅にて乗り換え、出雲三成駅下車。岡山駅から4時間半ほど
問い合わせ
奥出雲町観光協会 0854-54-2260

いつでも元気 2026.3 No.412