スラヴ放浪記 調合に誇り ポーランドの薬剤師
文・写真 丸山美和(ルポライター、クラクフ在住。ポーランド国立ヤギェロン大学講師)

マウゴシャ。自身が経営する薬局で
友人のマウゴシャは、ポーランドのクラクフで薬局を営む薬剤師だ。彼女の口ぐせは「本当は医師になりたかった」。
医師になるために、子どものころから勉学に励んでいた。ところが、大学入学選考の審査基準となる高校最後の試験で、体調を崩してしまった。医学部を諦め薬学部へ入学。浪人も考えたが実家が貧しく、早く学業を終えて収入を得る必要があった。
薬学部では主席に次ぐ優秀な成績を修めたが、医師になれなかった後悔の念で、その後も苦しみ続けた。しかし長年薬剤師として働き続けたことで、いまでは仕事に誇りをもっている。
日本は調剤を主とする保険薬局のほか、スーパーマーケットの機能もある大きなドラッグストアが幅を利かせている。そのような環境で長く生活してきた筆者は、ある日なんの悪気もなく、「明日、あなたのお店に立ち寄るよ」と言った。するとマウゴシャは、ひどく怒った。
「ちょっと待って。薬局はお店じゃない! 病院や診療所をお店と言わないでしょ。薬局も同じ。薬についての知識と国家資格を持つ人が、健康のために適切にアドバイスをする、特別なところなの」。
欧州では職業としての薬剤師の歴史は長く、社会的地位も高い。何世紀にもわたり、患者の症状に合わせた効能を考えながら、さまざまな薬草を調合して処方する作業を薬剤師が行っていた。
興味深い話がある。世界でお茶を表す言葉は「ティー、テ」か「チャイ、チャ」が一般的。ところがポーランドとベラルーシは「ヘルバータ」(herbata)、リトアニアは「アルバータ」(arbata)と呼び、ラテン語で薬草を表す「herba thea」に語源を発する。ハーブを煎じて飲むことからこの言葉が生まれたように、薬草の調合は生活と深く結びついている。
昨年の冬、マウゴシャからある招待を受けた。「私たちの密造酒のコンクールに来なさいよ」と言う。密造酒はもちろん冗談だが、スラヴの国々では、自宅で果実酒「ナレフカ」を作る家庭が多い。ナレフカは季節の果物を、世界で最もアルコール度数が高い酒「スピリタス」(約96度、ウオッカの一種)に数週間から1年にわたって漬け込む。
毎年クラクフの医師会と薬剤師会の共催で、ナレフカのコンクールを開催している。医師と薬剤師が仕事の合間に、腕によりをかけて作ったナレフカを持ち寄り、テイスティングをしながら出来を競うのだ。会場は毎年異なり、この時はなんとクラクフにある世界文化遺産の「ヴァヴェル城」(970年創建)だった。
夜もふけ静まり返ったヴァヴェル城の庭に足を踏み入れると、上階の明かりが灯る部屋からかすかに人々の声が聞こえる。ものものしく警護をする守衛に「ナレフカのコンクールに来たので入れてください」と声をかけると、扉を開けてくれた。
会場には医師と薬剤師が100人以上集まり、赤ら顔で雑談している。大きなテーブルには、予選を勝ち抜いた80種類のナレフカがズラリ。ナレフカを入れた瓶も趣向が凝らされ、クリスタルから陶器までさまざま。壮観だ。
筆者も何種類か味見をしてみた。さわやかなレモン風味もあれば、濃厚なチョコレート味もあり、どれも個性豊か。アルコール度数は30度から60度とかなり強いが、会場の参加者は次から次へとグラスに注ぐ。酔いに伴い、談笑する声もどんどん大きくなっていく。
マウゴシャによれば、前年の優勝者は知り合いの薬剤師。「薬も果実酒も、調合にかけては医師にひけをとりません」と胸を張る。
筆者は数種類の味見が限界。千鳥足になる前に会場をあとにした。
いつでも元気 2026.4 No.413
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