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いつでも元気

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スラヴ放浪記 一杯ごとに551歩 ポーランドの飲泉療法

文・写真 丸山美和(ルポライター、クラクフ在住。ポーランド国立ヤギェロン大学講師)

クリニツァまでの車窓の風景

クリニツァまでの車窓の風景

 日本と同じく、ポーランドも5月3日は憲法記念日。世界で2番目の近代的な憲法が1791年に制定され、祝日になっている。5月1日(メーデー)と併せ、前後に週末があると、日本のゴールデンウィークのような長めの連休になる。
 この時期のポーランドは晴れの日が多く、気温も上がることから、行楽地へ出かけたり自宅の庭でバーベキューを楽しむ人が多い。特に南部の山岳地帯は人気があり、私も屈指の温泉リゾート地として知られる「クリニツァ・ズドルイ」(以下クリニツァ)へ出かけることにした。
 筆者が住むクラクフからクリニツァまで、列車で4~5時間。山間地に入ると汽笛が頻繁に鳴り、谷間を縫うように走る。車窓から望む風景は美しく、新緑の芽吹きが陽光に照らされてキラキラとまぶしい。
 やがて、列車はスロバキア国境に近いムシナ駅に到着。しばらく停車した後、スイッチバックして旋回しながら進み、クリニツァに到着した。駅を降りて中心街へ向かう。途中の道は川沿いにうねり、大きな荷物を持った旅行者が黙々と歩く。その風景は日本の温泉街に似ていた。

 泊まった宿はクリニツァ最大のホテル。優雅なエントランスに高い天井があり、宮殿か博物館と勘違いしそうな堂々たる建物だ。ホテル支配人のダテウシュさんが「クリニツァの保養地としての歴史はエリート層から始まりました」と説明してくれた。
 この土地に代々伝わる物語がある。傷ついた中世の騎士が森をさまよっていると、それを見た羊飼いの少女が聖母マリアに治癒を祈った。すると突然、明るい光に包まれた聖母が湧き出る泉を指さし、少女に泉の水で騎士の傷を洗うよう促した。騎士は奇跡的に回復、以来、クリニツァの泉は癒やしと幸福をもたらす泉として有名になった、という物語だ。
 クリニツァの湧き水の効能が公に認められたのは、18世紀末にポーランド南部がオーストリア帝国領となった時代。1783年、オーストリアが大学の研究者を派遣して泉を調査、さまざまな疾患に効果があることが分かった。
 クリニツァは温泉保養地として急速に発展し、貴族や政治家、文化人、高級軍人などエリート層が使用。第二次世界大戦中はナチスドイツの保養所となり、筆者が宿泊したホテルは旧ドイツ軍の病院だった。クリニツァが一般の人々に開放されたのは戦後。なぜ古いホテルが豪華であるのか、理由がわかった。

 市内には6つの天然温泉と19の井戸がある。湧き水を使った療法で最も一般的なのが飲水。クリニツァのホームページには、推奨する飲泉療法が次のように書いてある。「朝起きたら、18分の7オンス(約205ml)の湧き水を3回飲んでください。1杯飲むごとに551歩を歩いてください。その後、栄養満点の朝食を摂ってください」。
 なぜ551歩なのかは不明だが、ホテルの朝食は肉類やチーズのほか野菜や果物がたくさん用意されており、とても豪華だった。ホテルの周囲には湧き水の博物館があり、さまざまなタイプの湧き水が試飲できる。土産物店では商品化した湧き水を販売しており、臭みがなくとてもおいしい。
 クリニツァの自然は豊かで、空気もとても新鮮に感じられる。外をそぞろ歩きしているだけで気分がよく、持病の頭痛も起きなかった。
 クリニツァから戻った後、クラクフのスーパーでもクリニツァの水が購入できることを知った。現在も毎朝愛飲しており、飲んだ後は551歩以上を歩くが、栄養満点の朝食が欠けている。これからは食事にも気をつけたい。

いつでも元気 2026.7 No.416