けんこう教室 実は身近なお腹の不調 過敏性腸症候群

奈良・生駒さくら診療所
増田 勉
〝過敏性腸症候群〟をご存じですか?
実は日本人の7人に1人が悩まされている身近な病気なのです。
生活の質を左右するお腹の不調について、
生駒さくら診療所(奈良県生駒市)所長の増田勉医師に解説してもらいます。
過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome:以下IBS)とは、腹痛や下痢、便秘といった排便異常が慢性的に続いているのに、血液検査や大腸カメラでもその原因が見つからない病気です。炎症や腫瘍などの病気ではなく、腸管の運動や知覚の異常とされています。
IBSは症状によって、下痢型、便秘型、下痢と便秘が不規則に入れ替わる混合型、分類不能型の4タイプに分けられます。このうち分類不能型とは、IBSの診断基準は満たしているものの、他3つの型に当てはまらないタイプです。下痢や便秘はなく便の形は普通に近いものの、腹痛や腹部不快感、腹部膨満感が主な症状です。
IBSの4大要因
IBSの原因は1つではなく、さまざまな要因が組み合わさって起こります。主な要因は次の4つです。
① 脳腸相関とストレス
脳と腸は自律神経やホルモンを通じて密接につながっており、互いに影響を及ぼしています。これを脳腸相関と呼びます。
脳から腸へ影響するのは不安や緊張、抑うつなどの精神的ストレスです。ストレスを感じると、脳からストレスホルモンが分泌されて腸の激しい収縮や痙攣を引き起こします。このことが腹痛や下痢、便秘といった症状を引き起こします。
反対に内臓から脳へ影響するのは、内臓知覚過敏です。健康な人なら反応しないわずかなガスや、腸の動きを過敏に感じて脳に伝達し、〝痛み〟や〝不快感〟といった症状につながります。
② 腸内環境の変化
大腸には約100種類、100兆〜1000兆個の細菌の集団である腸内細菌叢があります。顕微鏡で見ると花畑(フローラ)のように見えることから、腸内フローラとも呼ばれます。
腸内フローラには善玉菌や悪玉菌、日和見菌が共生し、消化吸収や免疫機能などを担います。この腸内細菌叢のバランスが崩れた状態をディスバイオーシスと呼び、特定の細菌やその代謝産物が増えることで、さまざまな症状を引き起こします。
③ 感染後の発症
感染性胃腸炎が治った後、長期間にわたってお腹の不調が続くことがあります。これを感染後IBSと呼びます。
④ 食事と生活習慣、遺伝、生活環境
不規則な食事、睡眠不足、喫煙、カフェインやアルコールの過剰摂取は自律神経を乱し、腸の動きを異常にして症状につながります。また、親がIBSの場合に子の発症率が高まるという報告から遺伝的体質も考えられますが、家族で共有する生活環境が影響している可能性もあります。
世界的に増えている背景
世界52カ国対象の調査(2024年)で、有病率は14・1%と報告されています。日本の有病率は14・9%ですが、中国は5・5%。同じアジアでも国による違いが見られます。
性別は一般的に女性に多く、男性の1・5~2倍です。年齢は20〜40歳代の若年層から働き盛りの世代に多く、加齢とともに減少します。
IBSは世界的に増加傾向にあります。原因として考えられるのが、複雑な社会構造や不安、抑うつなどの心理的要因の増加をはじめ、加工食品の摂取、食物不耐症・過敏症の広がりなどです。
診断の基準と検査
IBSの診断は国際的に広く使われるローマ4基準(資料1)で行います。また、便の形状を判断する基準としてブリストル便形状スケール(資料2)を使います。
症状からIBSが疑われるときには、腸に病気がないかどうかを調べるための検査を行います。血液検査では炎症や栄養障害の有無などを、内視鏡検査では腸に炎症や潰瘍、腫瘍がないかを調べます。
その結果、腸に異常がなければ、目に見える異常がない状態と判断し、目に見えない腸の異常運動や異常知覚が原因であるIBSと診断されます。
腹痛や下痢といった症状は腸の炎症性疾患である潰瘍性大腸炎やクローン病にも見られる症状ですが、内視鏡検査をすれば、腸に炎症がないことでIBSと診断できます。


治療法と進む研究
IBSの治療の基本は生活習慣と食事の改善です。これによって腸を動かす自律神経を安定させ、症状を誘発する要因を減らします。1日3食を決まった時間に摂り、十分な睡眠と適度な運動を心がけ、高脂肪食、アルコール、カフェイン、刺激物は控えます。
次に薬物療法です。タイプ別に使う薬は異なりますが、腸の動きを整える消化管運動機能調節薬(セレキノンなど)、便の形状を整える高分子重合体(ポリフル、コロネルなど)、腸内環境のバランスを整える整腸剤が主に使われます。
下痢型の場合は腸の過剰な動きを抑える5–HT3拮抗薬(イリボー)や下痢止めが用いられます。便秘型の場合は腸への水分分泌を促す薬(リンゼスなど)や下剤が用いられます。
ストレスが症状に強く影響している場合には、心療内科での脳腸相関を整える治療が有効です。認知行動療法などの心理療法が行われたり、抗不安薬や抗うつ薬が処方されることもあります。
また、今後実用化が期待できる治療法として、健康な人の便に含まれる腸内細菌を患者の腸に移植して腸内フローラを改善させる「糞便移植」や、IBSの症状とストレスを同時に和らげる可能性がある「オピオイドδ(デルタ)受容体作動薬」も研究されています。これまでは「体質だから付き合っていくしかない」と言われてきたIBSですが、今後はより積極的な治療が期待できます。
現時点では一般的に完治は難しいものの、日常生活に支障がないレベルにコントロールすることが可能なIBS。適切な治療や生活習慣の改善で症状を安定させ、健康な人生を過ごしていただくことが治療目標です。

いつでも元気 2026.7 No.416
