スラヴ放浪記 戦争と憎悪 ウクライナはいま
文・写真 丸山美和(ルポライター、クラクフ在住。ポーランド国立ヤギェロン大学講師)

ロシアに破壊されたマリウポリのドネツク州立アカデミー劇場(ポーランド文化国家遺産省ホームページより)
大学の講義の合間を縫い、ウクライナへ人道支援と取材に出掛けることを繰り返している。ロシアが2022年に侵攻を開始してから、これまで計64回ウクライナに入った。
戦争が始まり4年半がたつが、戦禍は収まるどころか、首都キーウから東側の地域ではドローンやミサイルの攻撃がいっそう激しさを増している。線路や走行中の車両、駅舎なども標的にされ、死傷者も出ている。
先日、筆者が乗ったハルキウ行きの夜行列車が、ロシアのドローンに狙われた。真夜中、空襲警報が鳴り響くキーウを出た列車は、森の茂みで息を潜めるように停車。車両内の常夜灯がふっと消えた。
列車にドローンが近づいてくるのが分かった。スズメバチが耳元で飛ぶような音が次第に大きくなる。次の瞬間、激しい爆発音と爆風で車両が激しく揺れた。
列車は動き出したが、しばらくすると再びドローンに狙われ、森に隠れることを繰り返した。生きた心地がしなかった。乗客全員が下車し避難しなければならないこともあった。
ロシアは博物館や美術館、歴史的建造物など、ウクライナの文化そのものも意図的に破壊している。それは現在に始まったことではない。
旧ソ連時代、ソビエト政府はウクライナ文化、とりわけウクライナ語への徹底的な弾圧を行った。1991年にウクライナが独立するまでの間、ロシア語とロシア文化が生活のあらゆる分野で強制された。子どもは学校でロシア語を学ぶことを強いられ、ウクライナ語の書籍の出版は制限された。ウクライナの作家による作品は事実上発禁処分となり、多くの学者や知識人が処刑された。
ロシア語を母語とするウクライナ人は3割程度いるが、ロシアの侵攻が長引くにつれ、ロシア語に対する嫌悪感が強まってきた。図書館や書店ではロシア語の書籍が姿を消し、代わりにウクライナ語の文学作品がよく売れている。
昨年3月には、ウクライナ西部のリビウ市議会が、ロシア製の製品やロシア語書籍などの販売を禁止する法案を採択した。
ウクライナ西部のトゥルスカベツは、地元住民に占める避難民の割合が最も高い街だ。ロシアに占領されたドネツク州やルガンスク州など、東部から逃げてきた避難民の子どもが多く生活している。
今春、地元の子どもと避難民の子どもが一緒に、ロシア語で書かれた廃棄書籍や古紙を集めて換金する運動を開始した。
父親が戦地で任務に就いている子どもも少なくないが、前線で物資の運搬や兵士の送迎に使用する一般車両が不足している。書籍や古紙を売った資金で車を買い前線へ届けることにしたのだ。
熱心に活動に励む子どもたちの姿に、教師ら大人のサポートにも力が入る。資金はたちまち集まり、1カ月あまりで中古の日本車を購入。5月中旬、街を挙げて子どもたちを称える祝賀会が開かれた。贈呈用の車が展示され、子どもたちは思い思いの言葉を語り記念写真を撮っていた。
祝賀会では子どもたちの絵のコンクールもあった。最優秀作品に選ばれた難民の少女の絵を見た途端、筆者は複雑な気持ちになった。その絵は戦争前の美しい故郷と、ロシアに無残に破壊された現在の様子を左右に描き分けたものだった。
子どもたちの屈託のない笑顔の底に秘められた平和への願いを思い、胸が苦しくなった。そして隣国同士でありながら、お互いの文化や言語、人間までをも憎むようになる戦争というものを、日本は決してしてはいけないと思った。
いつでも元気 2026.8 No.417
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